福岡高等裁判所那覇支部 平成11年(行コ)4号 判決 2000年10月10日
控訴人
A株式会社
右代表者代表取締役
甲
右訴訟代理人弁護士
宮國英男
同
池田修
被控訴人
北那覇税務署長 安慶名稔
右指定代理人
木下雅博
同
北島孝昭
同
西郷雅彦
同
金子健太郎
同
世嘉良清
同
島袋和夫
同
小岩井利恵
同
鍋内幸一
同
外間克己
同
我那覇隆
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対してなした以下の各処分を取り消す。
(一) 控訴人の平成二年五月一日から平成三年四月三〇日までの事業年度について、平成五年三月二九日付「法人税額等の更正通知書」をもってなした翌期へ繰り越す欠損金の申告額二三六六万九〇二六円を一四〇四万六七六九円とした法人税の更正処分のうち、翌期へ繰り越す欠損金一四〇四万六七六九円を超え、二三六六万九〇二六円に達するまでの部分
(二) 控訴人の平成三年五月一日から平成四年四月三〇日までの事業年度について、平成五年三月二九日付「法人税額等の更正通知書」をもってなした翌期へ繰り越す欠損金の申告額五九二五万八五九六円を三八一〇万三〇六三円とした法人税の更正処分のうち、翌期へ繰り越す欠損金三八一〇万三〇六三円を超え、五九二五万八五九六円に達するまでの部分
(三) 控訴人の平成元年五月一日から平成二年四月三〇日までの課税期間について、平成五年三月二九日付「消費税の更正通知書」をもってなした消費税の更正処分のうち、課税標準額六億〇二五六万五〇〇〇円、納付すべき税額三三八万六五〇〇円を超える部分
(四) 控訴人の平成二年五月一日から平成三年四月三〇日までの課税期間について、平成五年三月二九日付「消費税の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書」をもってなした消費税の更正処分のうち、課税標準額七億四八二七万六〇〇〇円、納付すべき税額一一七六万六三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税三三万九〇〇〇円の賦課決定処分
(五) 控訴人の平成三年五月一日から平成四年四月三〇日までの課税期間について、平成五年三月二九日付「消費税の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書」をもってなした課税標準額の申告額六億八四八五万二〇〇〇円、還付税額の申告額五八八万九六五六円を、課税標準額八億〇九四九万九八六四円、還付税額二一五万〇二二八円、過少申告加算税三七万三〇〇〇円とした消費税の更正処分のうち、課税標準額六億八四八五万二〇〇〇円を超える部分、還付すべき税額二一五万〇二二八円を超え、五八八万九六五六円に達するまでの部分及び過少申告加算税三七万三〇〇〇円の賦課決定処分
(六) 平成五年四月二八日付でなした、原判決添付別表三記載の平成二年一月から平成五年三月までの各月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
次のとおり加除、訂正するほかは、原判決の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
一1 原判決一五頁五行目の「経費認容し」を「経費として認容し」と、同一八頁四行目の「減産項目」を「減算項目」と、同一九頁一〇行目の「キャデイーフィ」を「キャディーフィー」と、同三五頁一行目から同二行目の「二一五万二五三円」を「二一五万〇二五三円」と、同三七頁六行目の「二日」を「二八日」と各改める。
2 同四三頁六行目から同四四頁四行目までを削除し、同四六頁五行目の「に関して、以下の各事実が認められる」を「は、以下のとおりである」と、同七行目の「キャデイー」を「キャディー」と各改める。
二 当審における当事者の主張
1 控訴人の主張(信義則ないし禁反言の法理違反)
信義則ないし禁反言の法理は、私法と公法を通ずる法の一般原理として租税法律関係にも適用されるものであり、その要件は、<1>税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示したこと、<2>納税者の信頼が保護に値する場合であること、<3>納税者が右表示を信頼してそれに基づいて何らかの行為をしたことの三点である。ところで、本件では、<1>平成三年当時、沖縄国税事務所及び北那覇税務署は、同署法人税源泉所得税第一部門国税統括調査官島袋清正の調査結果を経て、控訴人に対し、キャディー報酬は給与所得に当たらない旨の判断を示し、これについては源泉所得税を課さず、キャディー各自に事業所得者として確定申告をさせるよう指導し、<2>島袋の調査の際、控訴人側では、キャディーの業務実態を事実に基づいて説明し、何ら事実の隠蔽や虚偽の報告等を行っておらず、<3>控訴人は、右指導を信頼し、これに従って、キャディーフィーを控訴人の売上げに計上せず、プレーヤーからキャディーフィーに対する消費税を徴収しないまま数年間を経過したものであるから、前記三要件は充足されている。
したがって、被控訴人の本件各課税処分は、信義則ないし禁反言の法理に反するものとして無効である。
2 被控訴人の反論
島袋は、平成三年ころ、控訴人に対して源泉所得税の調査を行った際、控訴人担当者から、キャディーが控訴人の従業員ではなく、キャディーフィーは控訴人において仮受金あるいは預かり金として経理処理されており、キャディー報酬は給与ではない旨縷々説明を受けたため、給与ではないかとの疑念はあったものの、確証を得ることができず、右経理処理の是非について最終的な判断処理をする立場にもなかったことから、キャディー報酬から源泉徴収することは困難と判断して、これを事業所得としてキャディーに確定申告させるように指導したものに過ぎず、併せて、キャディー報酬が将来的には給与として源泉所得税の対象になることもあり得ることを告げているのであって、右指導は、その当時判明していた事実のみを前提とし、かつ、キャディーの無申告状態を解消し、課税の平等・公平を図る目的でなされたものに過ぎず、控訴人のキャディー報酬の取扱いを将来にわたって是認するというものではなく、新たな事実の判明など事情の変化による是正の余地を残したものであって、公の見解の表示に当たらない。また、右指導の当時、控訴人担当者は、島袋に対し、キャディーフィーの経理上の取扱いについて詳細な説明をしなかったのであって、右指導がなされるに至った経緯については、控訴人に責めに帰すべき事由がある。さらに、控訴人は、右指導を機にキャディーフィーの取扱いを何ら変更しておらず、むしろ、控訴人がプレーヤーからプレーフィーとキャディーフィーを徴収する際に発行する計算書によれば、いずれについても消費税は内税として含まれるものとして処理されており、本件各課税処分もこれを前提としてなされたものである。
したがって、右指導により、控訴人につき、「租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情」(最高裁判所第三小法廷昭和六二年一〇月三〇日判決)があるものとは到底いえない。
第三当裁判所の判断
一 次のとおり加除、訂正するほかは、原判決の「第三 当裁判所の判断」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決五四頁七行目の「島袋清正」の次に「(いずれも原審)、同乙(当審)」を加え、同八行目を「られる。」と改め、同五九頁四行目の次に改行して次のとおり加える。
「なお、控訴人は、キャディーを希望する者に対する資料として、「キャディー給与要項」と題する書面を作成、利用しているが、右書面は、キャディーの「給与」の一覧を示すとともに、「雇用はパートである」とし、日給及び月給の支払方法や「勤務時間」を定めるなど、キャディーが控訴人の従業員であり、キャディー報酬がその給与である旨の表現が使われている。」
2 同六〇頁七行目の「原告は、」から同九行目までを次のとおり改める。
「控訴人は、プレーヤーから受領したキャディーフィーを仮受金とし、これとキャディーに支払う報酬との差額を預かり金勘定に振り替え、その中から、キャディーのカート代金、茶菓子代、制服代等を差し引くほか、所得税、地方税、国民健康保険料等の支払いに充てる処理を行っている。しかしながら、これらは専ら控訴人が経理上の処理として自ら決定し、行っているに過ぎないものであり、キャディーに対し、具体的内容を説明して了解を得たものではなく、キャディーは前記差額の処理方法や内容を知らされていない。また、右支払い後の残金についても、控訴人の預かり金として残されたまま翌期に繰り越されており、キャディーが退職した場合でも、右残金の精算は一切なされていない。」
3 同六二頁五行目の「キャディーの報酬額」から同六行目の「原告が」までを次のとおり改める。
「キャディー報酬及びこれを含めたキャディーフィーの決定方法とその収受・管理、キャディー報酬の支給方法、キャディーフィーとキャディー報酬の差額の処理内容とその決定方法等を総合考慮すると、控訴人においては、キャディーの採用やその勤務形態、勤務時間等について、キャディーに相当程度の自由が与えられているということはできても、控訴人の主張のように、キャディーが控訴人から独立して経済活動を営み、プレーヤーとの間で請負ないし請負類似の契約関係にあるとは到底いい難く、控訴人におけるキャディー業務は、控訴人の」
4 同六四頁七行目の「キャディ」を「キャディー」と改め、同一一行目から同六六頁九行目までを削除する。
二 当審における控訴人の主張について判断する。
1 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原則なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない(最高裁判所第三小法廷昭和六二年一〇月三〇日判決・判例時報一二六二号九一頁参照)。
2 これを本件についてみるに、証拠(甲五、九、一〇、証人島袋清正(原審)、同乙(当審))及び弁論の全趣旨によれば、平成二年一一月から平成三年三月にかけて、沖縄国税事務所が控訴人に対する税務調査を行ったが、同年二月末ころ、北那覇税務署法人税源泉所得税第一部門国税統括調査官であった島袋は、沖縄国税事務所の法人税課から依頼を受け、キャディー報酬に関する源泉所得税の調査をするようになったこと、島袋は、控訴人の経理部経理課長であった乙に対し、キャディー報酬が給与所得に該当するのではないかと指摘したところ、乙は、キャディーは従業員ではない、その報酬はキャディーの事業所得であり、控訴人はプレーヤーから仮受金としてキャディーフィーを預かっているに過ぎない、過去の税務調査においても売上げに計上するよう指摘されたこともないなどと説明した上、同年三月ころ、控訴人と他のゴルフ場二社(キャディーを従業員とし、その報酬を給与所得としている。)とのキャディーの労働形態等の差異を示した「キャディーフィ他社との相違点」と題する書面(甲九)を示して縷々説明したため、島袋は、控訴人がキャディーフィーをそれまで売上げに計上しておらず、源泉徴収による処理が困難であると判断したが、従前から沖縄カントリーのキャディーが殆ど確定申告をしていなかったため、キャディー報酬を事業所得として申告させるよう指導したこと、これを受けて、控訴人は、税理士に一括してキャディーの確定申告を依頼し、右確定申告に係る納付税額を一旦立替納付したのち、前記仮受金から控除して回収する処理を行ったこと、その後、平成四年一〇月に沖縄国税事務所調査課が控訴人に対する法人税及び消費税の調査を行った際、控訴人の前記仮受金や預かり金処理の実態が判明し、本件各課税処分がなされるに至ったこと、なお、前記島袋の指導の前後で、控訴人におけるキャディー報酬に関する経理上の取扱いは変更されていないこと、以上の事実が認められる。
3 右認定事実によると、前記島袋の指導は、平成三年当時の調査に際し、将来にわたって控訴人の処理を是認するものとしてなされたものではなく、控訴人の当時の資料や説明に基づいてなされた暫定的なもので、その後の調査によって実態が異なることが判明し、これに基づき課税処分がなされる余地を残していたものということができるから、これをもって、納税者の信頼の対象となるべき公的な見解の表示があったものということはできない。また、右指導の前後を通じて、控訴人はキャディー報酬に関する経理上の取扱いを変えておらず、右指導を信頼し、その信頼に基づいて行動したものということもできないし、仮に右信頼に基づく行動があったものとしても、もとより、右指導が行われたのは、キャディー報酬に関し、前認定のとおり給与所得と認められる実態を率直に説明せず、殊更に事業所得であることを強調する説明や資料を提供した控訴人の側に原因があり、右信頼につき控訴人には責めに帰すべき事由があるものというべきである。
4 したがって、本件において前記特別の事情が認められないことは明らかであるから、控訴人の主張は理由がない。
第四結論
よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 松下潔 裁判官 大野勝則)